1983年。「気狂いピエロ」がリバイバルで公開された。
 私は中一だったが、この映画を知っていた。
 当時愛読していた「ロードショー」で紹介されていたからだ(1983年4月号)。
  もちろん、ゴダールも、ヌーヴェル・ヴァーグも知るわけがない。
 「ダーク・クリスタル」や「ラグタイム」などと並んで、
今月の封切り作品の一本として、知っていたのだ。

 同じく私が愛読していた「ぴあ」でも、
この映画の記事はよく掲載されていたと思う。
 ’83年を回顧した別冊「ぴあグラフィティ’84」の中で、
15年ぶりのリバイバル上映について、こう書かれている。
 「何と16週のロングラン、5万人の観客動員を記録した。」

 「観客を見ると、完璧に2派に分かれてますね。昔のゴダール気違いっていうか、
分析好きのお兄さん、お姉さんたち。片方で、きのう「トッツィー」を
見てきたみたいな、何というか……知的ミーハーたち。(笑)」
 編集者の一人が、座談会の中でそう語っている。

 「トッツィー」は観ていなかったが、同時期に上映していた
「ザ・カンニング アルバイト情報」や「 13日の金曜日 PART3」は観ていた(笑)。
 私は「分析好きのお兄さん」でも「知的ミーハー」でもなく、
ただの映画好きのガキだった。

 この作品を観たのはそれから数年後だった。
 近所のレンタルビデオ屋で目にし、借りて観たのが初めてだったと思う。
 私は高一か高二、16歳だった。

  日常を捨て、女と海へ逃げる。
 そのプロットに惹かれたのだと思う。

 台詞も、物語の展開もよく分からなかったが、
ベルモンドとアンナ・カリーナの姿を見ているだけで、楽しかった。
 二人と一緒に冒険の旅に出たようで、心が躍った。

 追手を振り払い、車で逃走する。ガソリン代なんて払わない!
 服や車と共に、過去を燃やし、捨て去る。
 盗んだ車で疾走し、加速して一直線に海へ飛び込む!
 先などない。現在、だけがある。
 自由。衝動。映画は、解放感と喜びに満ちていた。

 だがフェルディナンの表情は冴えない。常にしかめっ面でウツウツと。
 マリアンヌとの愛に悩んでいる? いや、そうではない。
 自分の存在、この世界に対して?
 いや、問い自体、もう分からない。
 眩しいんだ。太陽が。

 マリアンヌは海辺での生活に退屈し、愚痴りだす。
 フェルディナンは本を読むことに没頭し、日記を書き始める。
 自由な生活にも、飽きがきた。
 女を相手にするより、本を読む方が面白かったんだ。
 マリアンヌは、自分の運命線をじっと見つめる。

 マリアンヌがフェルディナンを利用した?
 いや、フェルディナンもまた、マリアンヌを利用したのだ。
 退屈な世界から脱出するため。道連れとして。
 立っている場所は、白昼夢でしかない。

 フェルディナンはすでに絶望していた。マリアンヌと再会する前から。
 見出した希望は、過ぎ去った記憶の中だけにあった。
 あとは運命の中へ、自分の身を投げ込むだけだ。
 午後5時。もう恐れる必要はない。

 別れ。フェルディナンの腕の中で、マリアンヌは冷たくなる。
 最期まで、女はピエロと呼んだ。
 ふと日常が蘇る。女房に電話。
 顔を青く塗ったのは、そこにペンキがあったから。
 電話を待つ手持ちぶさたから。
 ダイナマイトもそこに、あった。

 ピエロは叫んだ。そして、走った。
 行き着いた果て。見上げた空の中に、何を思ったのか。
 結局、俺は、俺という人間は…。
 導火線が燃える音で、最期に何かが分かったんだ。

 観た、というより、体験だった。
 陽光を直視し、真っ白になる瞬間。
 そんな瞬間が、観終わった後もいつまでも続いた。
 南仏の、地中海の太陽の陽射しを、浴び続けているかのように。

 ピエロの死に様。ゴダールが描いたそれは、
壮絶とは程遠い、無様であっけないものだった。
 だがそれこそが真実だと、今になって思えた。
 自殺を真剣に考えたことはなかったが、
死への憧れ、誘惑は常に側にあった。
 もしも、その時が来たら… もちろんピエロのようにと、決めていた。

  ♪「わたしの運命線」 
 アンナ・カリーナの下手な歌声が耳から離れない!

 私は、リバイバル時のパンフレットに載っていた
「“気狂いピエロ”における<引用>についての二、三の考察」を何度も丹念に読み、
そこに書かれていた作家や映画監督の人名、その作品名を紙に書き出した。

 引用されていたランボーの「地獄の季節」やセリーヌの「夜の果ての旅」を
買い、読んだ。もちろん翻訳された文庫版。
 だが、言葉が頭に入ってこない。すぐに読むのを止めた。
 ジャームッシュの「パーマネント・バケーション」を観て買った、
ロートレアモンの「マルロドールの歌」もまた、そうだった。

 私は何度も「気狂いピエロ」を観た。
 書き出して覚えた、引用された台詞をそのシーンと重ね合わせながら。
 文学よりも、私は映画が好きだった。

 私は高校の卒業文集に、当時影響を受けた映画やミュージシャンの写真の
コラージュと、自らの高校時代を表した詩のようなものを載せた。
 それは全て引用した文で構成し、「気狂いピエロ」と題した。
 この3年間なんて…。
 タイトルは「気狂いピエロ」以外、思い浮かばなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

著者

たねってぃ

1970年生まれ 千葉県在住

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