高校を卒業するまで、私には本を読む習慣がなかった。
 小説を読もうという気も、まったく起こらなかった。
 日頃読んでいた本といえば、漫画や雑誌だけ。
 別に、それで充分だった。

 高校を卒業すると、毎日時間ができた。
 私は浪人生だったのだ(笑)。

 ある時、雑誌「ぴあグラフィティ’84」を読んでいると、
ビデオ発売された映画「限りなく透明に近いブルー」が紹介されていた。

 「基地の町福生を舞台に、ドラッグとセックスに
 明け暮れる若者たちの生態を描いて」と、解説文にあった。
 「ドラッグとセックスに明け暮れる」
 その一文に、当時の私は惹かれたのだろう(笑)。

 TVで「Ryu’s Bar」というトーク番組を観ていたので、村上龍は知っていた。
 私はその時、「村上龍の小説を読んだ事のない視聴者」の一人であった。

 なぜその後、映画のビデオを借りなかったか分からない。
 ビデオ屋になかったのかな?
 私は近所の駅ビルにある小さな本屋に行った。
 文庫が並んだ棚を探すと、あった。

 手に取ると、その文庫本の薄さに驚いた。
 そして、本の値段にも驚いた。
 買ったのは講談社文庫。「1989年2月10日第31刷発行」とある。
 定価は230円だった。

 私は買って、早速部屋で読んだ。
 「限りなく透明に近いブルー」は、私が初めて自分の意思で読んだ小説であり、
本を読むことに夢中になる嚆矢となった作品であった。

リュウ

 登場人物たちは皆、やたらに「吐気がした」と口にする。
 そして実際に、吐く。

 ドロドロ、ヌルヌルと、その日常は液状のものにまみれている。
 ヘロインの水溶液、果物の汁、体液、精液、唾液、粘液、汗、血…。

 部屋。香水や化粧品の匂いが充満し、
テーブルに置かれたパイナップルが腐っていく。
 湿ったシーツが敷かれたベッドの上で、女たちを眺める。
 女たちは延々と、何かを喋り続けている。

 「僕」=リュウは19歳。その時の私と同じ年だ。
 感情移入なんてできない。
 あまりにその日常がかけ離れている。
 唯一共通していたのは、「吐気」だけだ。

 体験する、というよりは、それを視ている。隔たりがある。
 リュウもまた、そんな感じだ。
 意識の奥から、自分の眼を通し、その光景を視ている。
 物音や女たちの声や匂いも、視ている。

 ドラッグ? 
 中学の時、周りでシンナー吸ってたヤツが何人かいたけど。
 まー、やらないほうがいいよ(笑)。

 セックス? それは人それぞれ、好みがあるから。
 パーティー? あんなのゴメンだね。
 ったく、一人でコイてたほうがマシだわ(笑)。
 茹でた蟹は美味そうだったけど。ピンク色のマヨネーズソース。

 福生がどういう町であるか、どこにあるかさえ分からない。
 ’70年代前半がどういう時代だったか、そんなことも考えない。
 そこに書かれていた世界に入り込み、ただ夢中で読んでいた。

 あんな日常があるなんてね。
 描かれていた世界は、確かに衝撃的だった。
 だが私が惹かれたのはその世界ではなく、それを描いた言葉、文体だった。
 つまり小説、作品だ。

 実際に目にし体験した現実が、文字に、文章にすることで、 変わる。
 その様相の変化、それを表現する文章に、やられたのだ。

 読み終えた後の、あの余韻。
 読むことで湧きたつ感情。言葉が放つイメージ。
 読むことの面白さに、この小説によって私は目覚めたのだ。

小説

 村上龍の本は、長編二作目「海の向こうで戦争が始まる」から、
本屋にあった文庫はすべて買い、読んだ。
 新刊は発売された当日に買い、その日のうちに読んだ。

 小説だけではなく、鼎談集「EV.Cafe」やエッセイ集も読んだ。
 インタビューが載った雑誌も読み、出演したTV番組も欠かさず観た。
 監督した映画? いちおー、観たよ(笑)。

 そして、中上健次を読んだ。
 「十八歳、海へ」を読んだ時、小説家が誰よりも一番カッコいいと思った。
 言葉の力に圧倒され、敬服し、崇めた。

 その後、大江健三郎、坂口安吾、太宰治。夢中で読んだ。
 名が通った作品を、本屋で探しては、買って読んだ。

 何度も繰り返して読んだ作品もあれば、一度読んだきりの作品。
 最後まで読まず、途中で止めた作品もあった。

 十代の終わりから二十代。本を読むことは、生きる上で不可欠な事だった。
 小説は、この世界で生きていくために、私に必要なものだった。

 三十を過ぎると、読む本の量は減り、小説はほとんど読まなくなっていった。
 いつしか村上龍の本も、読まなくなった。

 もう、その頃読んだ本の内容はほとんど忘れてしまった。
 だが、読んだ時に抱いた自分の感情は、今でもまだ覚えている。

 ドアーズの1stを聴くと、「限りなく透明に近いブルー」 を思い出す。
 「限りなく透明に近いブルー」 を読むと、ジム・モリソンの歌声が、聴こえてくる。

ブルー

 ’89年の暮れ。私は初めてアルバイトをした。
 ワープロを買おうと、思ったのだ(笑)。
 受験? もう、諦めてただろ。

 仕事は、工場内での単純作業。
 カーエアコンのコンプレッサーを、ベルトコンベアーの上にのせる。
 洗浄され戻ってきたものを、元のコンテナに積む。
 時給1200円。深夜は1500円だった。
 私は夜の9時から、明朝、始発が動き出す頃まで、働いた。

 工場の中は、金属と鉄と油と薬品の匂いが立ち込めていた。
 立ったまま、長時間の労働が続いた。
 次第に体は重くなり、至る所に痛みが生じた。

 肉体的な痛みより、精神的な疲労が堪えた。
 工場内の光景。稼働し続ける機械。そこにいる、労働者たちの顔。
 感情など、一切必要としない場だった。
 時間が経つのが、溶けた鉛のように遅かった。

 深夜の休憩時間。
 私は他の労働者たちが行く食堂には行かず、
夜間、作業が行われていない一画の、隅の休憩所にいた。

 運転を停止した機械の影が、不気味に鎮座していた。静寂が、耳を刺した。
 私は長椅子に座り、自販機のカップヌードルを食べた。
 灰皿があったが、その頃頻繁に喘息の発作に苦しんでいた私は、
煙草を吸うのを止めた。

 薄暗い灯りの下で、私は「限りなく透明に近いブルー」を読んだ。
 読んだといっても、内容なんて頭に入らなかっただろう。
 休憩時間が終わるまで、適当に開いたページの文字を、ただ目で追っていた。

 私は、作業服のポケットに「限りなく透明に近いブルー」の文庫本をしまい、
工場での労働の間、ずっと持ち歩いていた。
 それは、異国の地を彷徨う旅行者が持つ、パスポートのようなものであり、
逃亡者が懐に隠した、拳銃のようなものであった。
 文庫本には、機械油の黒い汚れと匂いが、染みついた。

 労働が終わり、着替えて工場の外に出た。
 吐いた息が白くなり始めた朝の中、私は駅に向かって歩いた。。
 工場の周囲は、伸びた雑草が茂った空地が広がっていた。
 鉄条網の脇を歩きながら、夜が明け始めた空が見えた。
 その空の色を、限りなく透明に近いブルーだ、と私は思った。

 かどうかは、忘れた(笑)。そう、思ったかもね。

 そのバイトは1か月足らずで辞め、私は給料でワープロを買った。
 当時好きだった、椎名桜子がCMをしていたやつだ(笑)。
 だがそのワープロを使うことは、ほとんどなかった。