’83年新春。新日のリングは、正規軍、革命軍、国際軍団の、
三つ巴の軍団抗争が行われていた。
 日を追うごとに、来日した外国人選手の存在は薄くなっていた。
 そんな中で、あるタッグチームがファンに衝撃を与えた。
 アドリアン・アドニスとボブ・オートン・ジュニアの、マンハッタン・コンビだ。

アドリアン・アドニス

 アドニスは’82年のサマーファイトシリーズ第2弾に初来日した。
 AWAでは、すでに世界タッグのタイトルを獲得しており、
WWF移籍後は、王者バックランドへの急先鋒として、注目を浴びていた。

 入場曲はなんと、♪「STAR WARS」のテーマ曲だった!
 銀髪鬼F・ブラッシーをマネージャーに従え、革ジャンを着て颯爽と現れた。
 その風貌は、映画「ウォリアーズ」に出てくるストリートギャングのようだった。

 コールされると、両手を大きく広げ優雅に回って見せた。
 長髪から覗く鋭い眼光は、まさしく暴走狼だった。
 その妖しく危険な魅力に、私の目は奪われた。

 だが、コスチュームの革ジャンを脱いだ瞬間、私は目を疑った。
 体はブヨブヨ、腹はボヨヨンと波を打っていた。
 まさかの、空気デブだ!!(笑)

 それでも、巨体を揺らして激しいファイトをするアドニスの姿に、
当時の私は魅了された。

“カウボーイ”ボブ・オートン・ジュニア

 オートンは、’82年闘魂シリーズに、新日に初来日した。
 その開幕戦10・8は、長州が革命を起こした、あの日だった!

 父親はビッグOと呼ばれた、偉大なレスラー。実力は、折り紙付きだ。
 解説の桜井さんによると、NWAのタイトルに挑戦した試合で、
王者テリー・ファンクを、ジャーマン!でフォールしたらしい。
 ダブル・フォールという不可解な判定により、タイトル獲得はならなかったが、
幻のNWA王者として、一躍全米にその名を轟かせていた。

 体付きはナチュラルで、背もデカい。動きも俊敏だ。
 エルボー、パンチの一発一発が的確で、効きそうだ。痛い!
 まさにケンカ屋。相当な腕だ。
 技のキレも素晴らしい。豪快で、迫力がある。

 ロンサム・カウボーイ。
 だが、カウボーイの陽気なイメージなど、オートンにはない。
 冷静沈着で不気味な、殺し屋のようだ。
 きっとビールでも飲むように、表情一つ変えず、人間を殴り続けるだろう。

 「真夜中のカーボーイ」のJ・ボイドのような、感傷など微塵もない。
 あるのは「タクシードライバー」で、H・カイテルに「牧童」と呼ばれた、
デ・ニーロ演じるトラビスが持つ狂気だ。
 その不穏な殺気を、全身から漂わせている。

’83年ビッグファイトシリーズ第1弾

 ニューヨークWWFで旋風を巻き起こしていた二人が、揃って来日した。
 そして、タッグを組んだ。
 よくよく考えると、恐ろしい事だ。
 そしてその畏怖が、リング上で現実のものとなった。

 3・4相模原での開幕戦。マンハッタンコンビの初戦の相手は、
猪木と木村健吾の新日正規軍だった。

 試合序盤、二人のタッチワークは猫の目のように速い。
 目まぐるしく入れ替わり、代わるがわる木村健吾を痛めつける。
 そんな中、戦慄のツープラトン攻撃がついに口火を切った。

 オートンが健吾をバックブリーカー。
 コーナーに上ったアドニスが、体を固定された健吾にエルボー・ドロップ!
 そんな攻撃、見たことない! ファンは皆、度肝を抜かれた。

 アドニスがパイルドライバーの形で健吾を持ち上げた。
 そこにコーナーに上ったオートンが、健吾めがけてダイブ!
 「危ない!」 実況席の三人が口々に叫んだ。
 ツープラトンのパイルドライバーが、日本で初めて披露された瞬間だった。

 館内がどよめく中、試合はフィニッシュを迎えた。
 オートンが健吾をアトミック・ドロップの態勢で持ち上げると、
コーナーポスト最上段から、アドニスが健吾の首目がけ、飛んだ!
 あわれ木村健吾はこれで病院送りに。かわいそうな健吾(笑)。

 古館はこの時、ジャンピング・フライング・スリーパーと、この攻撃を実況し、
後にそれは、スカイハイ・ラリアートと呼ばれた。
 しかし、凄かったなー。
 ちびっこは絶対、マネしちゃダメだよ(笑)。

 今見ると、このツープラトン攻撃も、お互いのタイミングがずれ、完成度は低い。
 だが、逆にこの不完全さが、粗削りで凄まじい印象を受ける。
 予期できぬだけ、相手も受け身が取れない。危険だ。

3・11東村山

 2週目のTV生中継。相手は、R木村、A浜口の国際軍団だ!

 毎週、国際軍団に罵声を浴びせていた私だが、
今この試合を見ると、なぜか二人がカッコよく見える(笑)。
 入場時の黒のコスチュームがキマっている。シブい!

 アドニスはそんな国際軍団にも、相変わらずの傍若無人なファイト。
 R木村をブレーンバスターで持ち上げ、そのまま正面のロープの上に落とす!

 浜口が捕まり、バックブリーカーの合体攻撃を受ける。
 だが国際軍団も、ただただやられてはいない。
 オートンを二人でクロスライン!

 ベアハッグ、頭突きと、ラフファイトで木村はアドニス、オートンを攻める。
 国際時代、金網の鬼、と呼ばれたラッシャー木村。
 荒くれ者の外人レスラーとの闘いには慣れている。
 木村もまた、百戦錬磨の強者なのだ。

 浜口が、あのスカイハイ・ラリアートを食らった。
 その瞬間、寺西が勢いよくリングに乱入した。
 試合は大混乱のうちに、幕を閉じた。

 この試合。マンハッタン・コンビのファイトも相変わらずだったが、
それよりも、国際軍団の奮闘ぶりが光った。
 往年の国際プロレスの熱狂が、新日マットで蘇ったようだった。

3・18鹿児島

 3週目、鹿児島大会。相手は、猪木、藤波組だ!
 オートンのタイツは青から緑、そして赤へと変わった。
 危険度MAXを示す、シグナルなのか?(笑)。

 早々に藤波が捕まる。オートンに抱えあげられたドラゴンの首筋に、
アドニスがトップロープからエルボーを落とす!

 2人はこの試合、新たな合体殺法を見せた。
 アドニスが藤波をブレーンバスターにいく態勢で持ち上げた。
 しかし後ろへは落さず、コーナーのオートンに藤波の体を預けた!

 え? 何すんだよ!? 背筋を寒気が走る。
 なんとオートンはセカンドロープから、藤波をアバランシュ・ホールド!!
 この技も、強烈だったなー。

 前二試合で見せた、バックブリーカーからのツープラトン攻撃。
 この試合は、二人の立場が逆だ。
 アドニスが藤波を固定し、オートンがそこへ、ニードロップ!!
 いやー、首、もげるぜ。

 しかし、猪木相手だと二人も分が悪かった。
 あのツープラトン攻撃が、仇となってしまった。
 ミサイルキックの誤爆を誘った猪木が、延髄斬りをオートンに決め、フォールした。

スーパー・バイオレンス軍団

 その後のTV中継で、マンハッタン・コンビが登場することはなかった。
 いつしかファンの前から、フェイドアウトしてしまった。
 オートンが観客に手を出したために、強制帰国にされたらしい。

 それにしても当時の観客は、本当タチが悪い!
 マナーなど全く存在しない。それこそ、暴走軍団だ!(笑)

 アドニスはその後、狂犬ディック・マードックとタッグを組み、
スーパー・バイオレンス軍団として、ファンを熱狂させた。
 やがてこのチームは、WWFでも世界タッグの王者となり、NYのマットに君臨した。

 だが私の中でアドニスは、このマードックとのコンビより、
インパクトという点で、オートンとのコンビの方が印象に残っている。

 マードックは、私が好きな外人レスラーの、一、二に入る。
 プロ中のプロ。どこへ行ってもトップレスラーだ。
 腕っぷし、喧嘩でも滅法強い。だが、そのプロ意識ゆえに、
リング上で本当にキレることは、まずない。
 マードックは、大人なのだ。 

 一方、オートンも、トップレスラーには間違いない。
 だが、何か一線を軽く越えてしまうような、危険な匂いを孕んでいる。
 そんな危うさが、アドニスに合っていると思う。
 アドニスも遠慮せず、本来の暴走ファイトを見せた気がする。

 そして、マードックには、愛嬌がある(笑)。
 それがマードックの、もう一つのたまらない魅力なのだが、
緊張感や殺伐さをリングに求めるファンには、逆方向だ。

 アドニスもそんなマードックにつられてか、
ロープに両腕を挟まれる、コーナーの金具で股間を打つ、
といったお約束ともいうべき名人芸を、毎試合見せるようになった(笑)。

 アドニス、オートンのマンハッタン・コンビと、
マードック、ダスティ・ローデスのテキサス・ジ・アウトローズとの試合。
 夢の対戦だよ。観たかったなー。

 ’88年。ジャパンカップ争奪イリミネーションタッグリーグ戦が開催された。
 なんと、6人タッグのリーグ戦だ。
 その参加チームに、マードックとオートンのチームが!!

 残念ながらもう一人は、スコット・ホールだった。
 もしもこれが、Sホールではなく、アドニスだったら!!
 ああ、そう思わずにはいられない。
 それこそ最強最高の、6人タッグチームだったであろう。

 これに対抗できるとしたら。
 マサ斎藤、長州、カーンの革命軍?
 いや、猪木、ホーガン、バックランドの日米ドリームチームか。
 あるいは、鶴田、藤波、マスカラスの、オールスターチームか。

 アドニスはその後、なんとオカマレスラーに変身した! なぜだ!(笑)
 オートンも、あの海賊男ビリー・ガスパーの正体だったらしい!
 …う~ん。プロの世界は、厳しいのだ。

 アドリアン・アドニスとカウボーイ・ボブ・オートン。
 2人が組んだマンハッタン・コンビは、ほんのわずかな期間だった。
 だがファンの記憶の中に永遠と生き続ける、強烈なインパクトを残した。