’89年。1月。昭和から平成に年号が変わった。
 2月。手塚先生が亡くなった。それを伝える記事を朝刊で見てから、
私はしばらくの間、現実感を見失っていた。
 3月。私は高校を卒業した。

 前年の春から、競馬に夢中になった私は、
一月の金杯から、毎週レースを見るようになった。
 スポーツ新聞の競馬欄も、毎朝欠かさず読んでいた。

 レースを予想し、馬券を買うことはなかったが、
レースを見るだけでも、充分面白かった。
 私は1年のレースの流れを、季節の変化と共に覚えていった。

 オグリキャップは春のシーズン、休養していた。
 寂しくもあったが、前年末、有馬記念を勝利していたことで、
その満足感が、私にはまだ続いていた。

 ニッポーテイオーも、タマモクロスもすでに引退。
 応援する馬がいないのは残念だったが、
私は毎週、競馬そのものの面白さに、興奮していた。

 その頃私は、浪人生だった。
 浪人って、勉強しねーと気楽だなー、なんて(笑)。
 いや、でも、居心地悪いだろ、どこか。

 フラフラしている間に、瞬く間に時間は過ぎた。
 競馬に熱中していると、1週間が、とても速い!
 1週間、1か月があっという間に過ぎていった。

 冬から春。桜花賞、皐月賞、天皇賞(春)。
 春から初夏。オークス、ダービー、安田記念。そして、宝塚記念。
 あっという間に陽射しは強さを増し、夏になった。

 夏? 覚えてない。
 ただ暑いだけだったろ、多分。想い出なんて、ない。
 そんな夏もあっという間に過ぎ、肌を焼く陽射しは勢いを失くした。
 秋の気配が、漂ってきた。

’89年 オールカマー

 オグリキャップの今年初戦。
 特に心配することなく… いや、ドキドキすんなー。

 鞍上は、南井だった。
 その時はまだ、騎手に注目していなかったが、南井はよく知っていた。
 タマモクロスに乗っていたからだ。
 う~ん。縁というか、宿命というか。不思議なものを感じた。

 相手になる馬は? う~ん、ランニングフリーくらいか。
 ロジータ? 公営史上最強の牝馬と呼ばれていた。
 なんか、名前が気になる(笑)。

 ランニングフリー、好きだったなー。
 名前がいい。その響きがね、カッコいい。

 華奢な黒い馬体。赤いメンコ。
 初めて見た時は、もう7歳だったけど、
1月のAJC、4月の日経賞と、中山のGⅡを完勝していた。強かった。

 大きなレーズには、必ずその姿があった。
 その後も8歳! なんと、9歳まで!!
 頑張った。その名の通り、元気に自由に、ターフを走り続けた。

 レース。オグリは好位置につけた。
 馬郡の中でも、すぐにオグリの姿は分るよなー。
 直線に入ると、ゆうゆうと抜け出し、ゴールした。

 レコード勝ち。復帰初戦は、完勝だった。
 去年の強さと驚き。何の変わりもなかった。
 5歳になり、その強さはさらに盤石なものになっていた。

’89年 毎日王冠

 毎日王冠は、天皇賞(秋)の前哨戦でもあり、
毎年、実力馬たちが集結する。
 ’89年も前哨戦と呼ぶには惜しい、豪華なメンバーが顔をそろえていた。

 イナリワン。
 タマモクロスと同期。5歳まで、地方の大井で走っていた。
 年末の東京大賞典を制し、この年、中央へ移籍していた。

 天皇賞春。鞍上は武豊。
 なんと、5馬身差のレコード勝ち! 圧勝だった。
 続く宝塚記念も勝ち、春の古馬G1を連勝していた!

 正直、忘れてた(笑)。印象に残ってなかったなー。
 名前のイメージに反し、450㎏前後と小柄。
 ピンクと紫の覆面が、不気味だ。

 メジロアルダン。
 姉は初の三冠牝馬、メジロラモーヌ!
 偉大なる姉に委縮して、弟はおとなしく育ったか?(笑)。

 前年の日本ダービー。栄冠は、すぐ目の前に迫っていた。
 だがゴール直前。一度はかわしたサクラチヨノオーの、
まさかの差し返しに、クビ差の2着に敗れた。

 力は出し切った。勝っておかしくはなかった。
 あれはチヨノオーの、狂い咲きともいうべき執念に、屈したのだ。
 ダービーを勝つには、運も必要だった。

 その後、骨折が判明。1年もの長い間、休養した。
 その間、幻のダービー馬として、ファンの幻想は静かに高まっていった。
 ファンはダービーでの走りを、そして屈辱を、忘れてはいなかった。  

 復帰初戦、完勝だった。二戦目のGⅡ、高松宮杯。
 圧勝だった。あらためてその実力を、ファンに知らしめた。
 ファンの思いは天皇賞へ向けて、アルダンと共に走り始めた。

 1番人気はもちろんオグリキャップ。単勝、1.4倍だ!
 2番人気は、イナリワンを抑え、メジロアルダン。
 鞍上は、岡部だった。

 「岡部の○○」と、馬名の前に形容が付くように、
岡部はもう、別格だった。

 スタートした。7歳レジェンドテイオーが逃げた。
 アルダンは先行し、3,4番手の位置につけた。
 その後の中団を、オグリ、イナリワンが続いた。

 最後の直線、アルダンら数頭が抜け出した。
 オグリは、大外から先頭の馬たちを追った。
 その差は、みるみるうちに縮んだ。

 気付くと、オグリの横にイナリワンがいた。
 オグリの脇にぴったりと馬体を寄せ、並走していた。
 二頭が、先頭のアルダンに襲いかかった。

 二頭は、あっという間にアルダンを抜き去った。
 そしてそのまま、馬体をぶつけあうように、激しく走った。
 両頭とも互いにかわせず、一歩も譲らない!

 もう他の馬は見えない。オグリとイナリワン、二頭だけだ。
 眼には、まったく並んで映った。
 私は息を呑み、声も出せなかった。

 二頭は並んだまま、ゴールを通過した。
 わずかにオグリが勝ったように、私には見えた。

 レース後の場内は異様だった。
 歓声はなく、どよめきとざわつきが、競馬場全体を包んでいた。
 十万の観客たちは皆、目の前で繰り広げられたマッチレースに、放心していた。

 オグリが勝った。ハナ差だった。
 いや~、ほっとした。つーか、一気に緊張が解かれ、ぐったりした。
 凄い勝負だったなー。

 イナリワン。やっぱ、強かったなー。すげえ。
 メジロアルダンは3着だった。実力は存分に見せた。
 先着した二頭が、それこそ怪物だったのだ。

 歴史に残る、ものすごいレースだった。
 このレースで、私は競馬というものにさらに魅了された。

 私はオグリの勝利に喜び、3週間後の天皇賞へ、さらに期待を高めた。
 オグリの天皇賞勝利の確信は、揺るぎなかった。

 だがそのレースは、私にとってあまりにも悔しい、
二度と見たくないレースになった。