アントニオ猪木、と聞くと、真っ先にある猪木の顔が思い浮かぶ。
 握り拳を構え、鋭い眼で相手を睨みながら、来い!と挑発する姿。
 まさに燃える闘魂、といった猪木の顔だ。

 その猪木の顔が、いつ、誰との対戦で見せた表情なのか、分からなかった。

 が、ある時、何気に見ていたDVDで、それが分かった。
 それは、大木金太郎との試合だったのだ。

’74年10・10 蔵前

 ’74年。昭和49年だ! 昔だよなー。
 「エクソシスト」「燃えよドラゴン」が大ヒットした年。
 アメリカでは、「The Texas Chain Saw Massacre」が公開された年。 

 ヒット曲は、バリー・ホワイトの♪「愛のテーマ」! 
 懐かし~。この曲、今でも耳に残ってるよ。
 聴くと、ものすごいノスタルジックな気分になる。

 私は当時、4歳。
 4歳、って、物心ついてんのか?(笑)

 大木金太郎は、小学館「プロレス入門」巻末の選手名艦で知っていた。
 頭突きが必殺技、つーのだけね。他に印象は、ない。

 大木はこの時、45歳!? 老けてんなー。今の私より年下だ(笑)。
 中小企業の部長、といった風貌。
 似た印象のバーン・ガニアに比べると、残念だが華はない。

 それにしても、「原爆頭突き」つーネーミングもそうだが、このガウン。
 明らかにマズいだろ!
 すげー時代だ、昭和って。

 向かい合った両者。
 レフェリー豊登に耳を傾ける大木に、猪木がパンチを見舞う!
 猪木が大試合でよく見せる、先制攻撃だ! さすが、猪木(笑)。

 エキサイトする猪木を、セコンドの坂口が止める。
 大木は殴られた右頬をおさえ、コーナーに。
 ガウンを、首に巻いた黄色いタオルを、リング下に投げ捨てた!

 「さあ、世紀のゴングだ!」 興奮した実況が叫ぶ。
 超満員、1万6500人の観衆が見守る中、ついに試合が始まった。

 この試合。大木が仕掛けるのでは? と、懸念されていたらしい。
 しかしそれは、試合前の猪木の奇襲で消し飛んだ。
 大木は威勢を削がれ、明らかに覇気を失くしたように見える。
 だが依然、張り詰めた緊迫感のまま、試合は進んだ。

 猪木はコブラツイストを仕掛けるが、大木はそれを阻む。
 頭突きを警戒し、猪木は距離をとる。膠着が続く。
 猪木は大木の頬の急所に、グリグリとえげつないヒジ攻撃。
 ゴッチ直伝の、殺し技だ。

 大木が、不意にブレーンバスターで猪木を投げた。
 フォールした大木を、猪木はカウントゼロ!で払いのけた。
 そしてすぐさま、お返しのダブルアームスプレックス!

 大木は決して、テクニカルなレスラーではない。
 だがそれでいい。不器用なままでいいのだ。
 ブレーンバスター? 大木のそんな技など、誰も望んではいない。

 頭突きだ。頭突きを出せ、大木!  ファンは叫んだ。

頭突き

 堰を切ったように、大木が猪木のボディに頭突きをくらわした。
 たまらずコーナーに下がった猪木に、もう一発!
 さらに膝をついた猪木の頭に、この日最初の一発!

 大木の頭突きの無間地獄が始まった。
 その一撃一撃には、気迫と執念が漲っていた。
 終焉が近づいた己のレスラー人生を、自ら締めくくるかの如く。

 ロックアップから2発目。猪木は頭を振り後退する。効いた。
 「三度目!」 実況が大木の頭突きをカウントし始める。
 猪木は、前のめりにダウンした。

 4発目! 猪木は後ずさりし、尻餅をついた。
 立ち上がった猪木の蹴りをもろともせず、5発目! 猪木は再びダウン。
 コーナーに追い詰め、6発目! 
 大木は容赦なく、猪木に頭突きを浴びせ続ける。

 7発目! 当りは浅かったが、猪木はリング下に転げ落ちた。
 大木は、両手を上げ、勝利の雄たけびを上げた!
 館内はざわつき、騒然となった。

 原爆頭突き、一本足頭突き。
 それこそが、大木金太郎というレスラーの存在証明だ。
 大木はこの試合、見事にそれを貫いた。

 リングに上がった猪木に、8発目! さらに間髪入れず、9発目!
 大木の精魂込めた頭突きが、猪木を襲う。

 猪木の闘魂に火が付いた。
 間に入るレフェリー豊登を制し、
さあ、やってみろ!と、自分の額を指差し、大木を煽る。

 リング中央で、10発目! 猪木の額が割れ、血が流れる。
 膝をついた猪木は、さらに大木を挑発する。
 どうした? もっとだ、もっとやってみろ!

 11発目! 猪木が吹っ飛んだ。
 だがすぐに大木に向かって、ファイティングポーズをとった。
 あ! その瞬間、私は叫んだ。
 これだ! この猪木の表情だ!

 猪木の大木を見据えた眼には、まさしく闘魂が燃えている。
 12発目! 
 猪木は真っ向から、大木の頭突きを受け続ける。

 13発目! 業を煮やした大木は、フォールにいった。
 猪木はカウントひとつで、これを返した。

 大木はここぞとばかり、猪木の髪を掴まえ、脚を大きく振り上げた。
 「一本足、一本足だー!」 実況が絶叫する。
 14発目! 一本足頭突きが決まった!!

 この時大木は、なんとも言いようのない、悲しげな表情を見せた。
 もう立つなと、猪木に泣いて懇願しているように、見えた。

 それでも立ち上がろうとする猪木に、15発目の頭突きを狙う。
 その瞬間、猪木は大木にカウンターパンチを見舞った!
 大木はもんどりうって、リングに倒れた。

 形勢逆転。畳み掛けた猪木はボディスラム。そして、バックドロップ!
 一気に大木をフォールする。豊登の手が、マットを3つ叩いた。
 どうだと言わんばかりに、猪木は両手を高々と掲げた。

 大木はよく戦った。
 大木の十数発の頭突きには、やはり目を見張るものがあった。
 何より猪木のあの表情を、引きずり出したのだから。

 この試合は、大木のレスラー人生の全てを物語っていた。
 名勝負、であった。

「つい、涙が出ました」

 試合後、猪木と大木が向かい合った。
 過去の因縁など、すでにそこにはなかった。
 あったのは、プロレスラーとしての、現在の姿だけだった。

 猪木は大木に微笑みかけ、何か一言二言、語りかけた。
 手を差し出し、二人は握手を交わした。

 大木は猪木の肩に手を置き、猪木に声をかけた。
 そして抱き合い、大観衆の前で、はばかることなく泣いた。
 大木は猪木の体を叩き、この激闘を称えた。

 大木は何度も、溢れる涙を拭った。
 そんな大木の姿を見るのがいたたまれないのか、
猪木は大木から視線を外し、膝に手をつき頭を垂れ、泣いた。

 再会した大木の力は、すでに衰えていた。
 猪木は自分の力がゆうに優っているのは、分かっていた。

 頭突きが一発決まるごとに、積み重なったわだかまりは崩れ、消えた。
 先輩の精一杯の攻撃を、逃げずに真正面から受け続けた。
 そうすることで、先輩に感謝の意を伝えた。

 猪木と大木の間に、何があったのかは当人のみぞ知る。
 私が知っているのは、猪木のデビュー戦の相手が、この大木だったということくらいだ。
 何事も、初めての相手というのは、忘れられない(笑)。

 試合としては、技の攻防に乏しい、凡庸な内容だったかもしれない。
 だが二人の男の生き様がぶつかり合った、白熱した試合だった。
 そして試合後のリングの上には、素晴らしいドラマがあった。

 二人は、昭和という激動の時代を共に生き抜いた、プロレスラーだった。

’89年

 猪木と大木は、齢こそ14歳離れているが、デビューは半年しか違わない。
 力道山の下、兄弟弟子といった間柄だ。
 だが、父と子、とでもいうような関係性を、この試合で抱かせた。

 大木のその風貌のせいだろうか?(笑)。
 この試合は、年老いた父親と息子の、親子喧嘩のように私には見えた。

 ドラマ「北の国から ’89帰郷」。
 その中のワンシーン。
 髪を染め富良野に戻った純の前に、歴代の番長の面々が顔をそろえる。

 新吉(ガッツ石松)が寛次(布施博)に、不良を卒業したきっかけを訊く。
 「親父とケンカして、勝っちゃったんですよ」 寛次 が答える。
 「親父とやるな バカ」 新吉が言う。

 「でもそれ、親父のほうもショックだっただろうけど、自分のショックも大きくてさ」
 「それ、俺もありました」 クマが言う。
 「あれ、傷つくよね」
 「親父、その後、急に老けちまって」

 新吉が一言、思い詰めた様子で言った。
 「自分の親父を、負かしちゃいけない」

 ’89年2・2両国。
 猪木と長州のシングルマッチが行われた。
 大木戦から、14年が過ぎていた。
 猪木はあの時の大木と、ほぼ同じ歳になっていた。

 猪木はリキラリアットを何発も食らい、長州にフォール負けした。
 試合後、猪木は大木戦と同じく、リングの上で涙を流した。
 違っていたのは、その涙の質だった。

 猪木は号泣し、泣き崩れた。立ち上がれなかった。
 猪木は両脇を抱えられ、控室に消えた。
 胸が痛んだ。私も泣いていた。
 猪木のそんな姿を見るのは、たまらなく辛かった。

 私にとって、プロレスといえば、新日本プロレス。
 そして、アントニオ猪木だった。

 大木戦で見せた猪木のあの顔は、私の中で永遠に生き続けるだろう。

著者

たねってぃ

1970年生まれ 千葉県在住

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