パッヘルベルの♪「カノン」は、多くの映画の中で、挿入曲として使用されている。
 その中で、♪「カノン」を耳にした時、
真っ先に私が思い浮かべる映画が、「普通の人々」だ。

 初めて観たのは、高校生の時だったのか?
 TV「日曜洋画劇場」で、吹替で観たのだ。

 ♪「カノン」の旋律とともに、
深い喪失と悲しみから、再生する人々を描いた、映画だ。

Ordinary People

 映画の冒頭。
 舞台であるシカゴ郊外の美しい風景のカットが続き、♪「カノン」が聴こえてくる。
 弱ってる時は、このオープニングを観ただけで、泣く(笑)。

 ♪「カノン」をコーラスしている学生たちの中に、主人公コンラッドがいる。
 このコンラッドを演じたティモシー・ハットンが素晴らしい。
 その悩み苦しむ姿に、思わず感情移入してしまう。

 放送は1986年5月。当時、私は高校に入学して間もなくだった。
 悩み? つーほどの悩みなんて…。
 まあ、いー気なもんだっただろ(笑)。

 コンラッドの苦しみは…あまりにも深い。
 話が進むにつれ、その理由が明かされていく。

 朝の食卓。食欲がないと、コンラッドは一言もらす。
 母親ベスは、フレンチトーストを即座にディスポーザーに捨てる。
 朝、学校に行く前のあの感じ。分かるわ(笑)。

 両親も、学校の友人もどこかよそよそしい。
 以前のような日常とは、違う。
 現実の世界において、コンラッドが抱く疎外感は深い。

 そんなコンラッドにも、唯一、心を開ける友人がいる。
 入院していた時に病院で知り合った、カレンだ。
 コンラッドは病院での思い出を語り、懐かしむ。

 しかしカレンは、「忘れなきゃ」と言う。
 過去を捨て、カレンはすでに新たな現実を歩こうとしていた。
 取り残された思いを強め、コンラッドの孤立感は増す。

 辛いのはコンラッドだけではない。
 彼の両親もまた、愛していた長男を失くしているのだから。
 この両親を演じた、2人の俳優が素晴らしい。

 母親ベス役のメアリー・タイラー・ムーア。
 初めて観た時はさー。感じ悪い、イヤなババアだと思ったけど(笑)。
 悲しみを隠して体裁を繕い、以前のように周囲にふるまう。
 そんな自己顕示欲の強い母親を、見事に演じていた。

 父親カルビン役のドナルド・サザーランド! 良かったなー。
 D・サザーランドはこの映画で初めて知った。

 あんなクセのある顔なのに、単なるバイプレイヤーに納まらない。
 世界中の名監督の作品に、主役として数多く起用されている。
 特に好きなのは、ベルトルッチの「1900年」と、「SF/ボディ・スナッチャー」かな?(笑)
 本当、大大大好きな俳優だ。

 コンラッドとベスの距離は縮まらない。
 お互いに歩み寄ろうとするが、うまくいかない。
 些細な事ですれ違い、言い争い、その後、後悔する。
 カルビンは苦しむ息子を心配し、気遣う。

 コンラッドは週に2回、カウンセリングに通う。
 この精神科医バーガーがさー、初めはどこか胡散臭い(笑)。
 だが真摯に、コンラッドと向き合う。

 コンラッドに問い、感情的にさせ、胸の内を吐き出させる。
 その言葉に耳を傾け、苦悩の核心に近づいていく。
 「許すべき者は他にいる」

 父親も悩んでいる。息子の事だけではない。
 女房のベスに対して、以前に抱いた疑念がよぎる。
 ベスへの信頼、そして愛が揺らぎ始めている。

 コンラッドは、ふとしたはずみで感情を爆発させ、行動に出してしまう。
 心配する兄の親友に、「君といるのが辛いんだ」と告げる。
 友人たちは皆、コンラッドの許から離れていく。
 観ていて痛々しい。う~ん。辛い。

 自分を理解してくれるのは、カレンしかいない。
 カレンの声を聞こうと、自宅に電話すると…
 この映画の中で最も痛ましい、衝撃的なシーンだ。 

 嵐の中、転覆したヨットに掴まるコンラッドと兄。
 あの瞬間が、次々とフラッシュバックする。
 押し寄せてくる、死への衝動。

 すんでのところで思い止まったコンラッドは、外に飛び出す。
 救いを求められるのは、バーガーしかいなかった。

 夜の診療所で、2人は会う。
 コンラッドはバーガーに、今までになく激しい感情をぶつける。
 自分を責め続けるコンラッドを、バーガーは静かに諌める。

 バーガーはコンラッドに問い続ける。
 コンラッドが本来持つ強さを信じ、訴えかける。
 その果てに…。

 灯りがわずかに見えた。とはいえ、悲しみが癒えることはない。
 「今 生きている事を感じ取れ」
 「辛いだけだ」
 「いや 快い」 バーガーはコンラッドを励ます。

 「なぜ分かる」
 「友人だから」
 「あなただけが頼りだ」

 このシーンもまた、素晴らしく感動的だ。

 コンラッドは一歩、過去から現実へと踏み出した。
 休暇から帰った両親に、「おかえりなさい」と言う。
 そして母親に近づき、躊躇なく彼女を抱きしめる。

 ベスは驚き、戸惑いの表情を見せた。
 心を寄せた息子を、ベスは抱きしめることができなかった。
 その様子を見ていたカルビンは…。

 深夜、ベスはベッドにカルビンがいないことに気づく。
 カルビンはダイニングのテーブルで独り、泣いていた。

 カルビンはベスに、語り始める。
 「君の正体が分からない 空しい人生だった 悲しい」
 ベスは、黙って聞いている。
 「君への愛も自信がない 明日が分からない」

 ベスは寝室に戻り、クローゼットからトランクを出し、荷物まとめようとした。
 あくまでも気丈に、自分を保とうとした。
 だが、突き上げてくる悲しみを、堪えることはできなかった。

Kanon

 コンラッドは朝、部屋の窓から走り去るタクシーに気づく。
 下に降りると、冬の寒いテラスに父親の姿があった。
 「ママが出ていった」 カルビンは言った。

 「僕が原因だ」と、コンラッドはうなだれる。
 「自分を責めるな 誰の責任でもない 結果がこうなっただけだ!」
 カルビンは、思わず息子を怒鳴ってしまったことを悔やむ。
 だがコンラッドは、父親とこうして本音で話せることを、望んでいた。

 「パパさえいれば 何の不安もなかったよ」
 コンラッドは父に言った。
 「パパを尊敬してるんだ」
 「尊敬しすぎると失望するぞ」カルビンは自嘲まじりに答えた。

 息子は父を見つめ、決然と言った。
 「しないさ 愛してるもの」
 カルビンは息子を抱きしめた。
 「パパもだ」

 冬の朝、抱き合う父と息子の姿を、カメラは俯瞰からズームアウトしていく。
 ♪「カノン」が、流れる。

 このラストシーン。
 この映画を観ると、このラストだけ、何度も繰り返して観てしまう。
 あの、D・サザーランドの表情を見るたびに、泣く(笑)。
 本当、素晴らしいなあ。

 「It’s nobody’s fault. Things happen.
 People don’t always have the answers.」
 このD・サザーランドの言葉は、ずっと記憶に残っていた。

 事が予期せぬ、悪い結果になってしまった場合。
 そう、誰も、それを望んでやったわけではない。
 良かれと思い、精一杯やったうえで、そうなってしまったのだ。

 結果、母親は去った。家族は、離れ離れになった。
 以前の幸せな家庭は、二度と戻りはしなかった。
 だが、残された父親と息子には、強い絆が生まれていた。

 大きな悲しみに直面した時。
 「普通」でいることは、難しい。
 それでも人は、生き続けていかなければならない。
 そんな時、自分の思いを受け止めてくれる人は、大切だ。

 そんな相手がいなかったら?
 映画を観るしかねえよ(笑)。

 生きていくには、映画が必要かな。
 いや、映画を観るために、これからも生き続けていくのだ。

 ♪「カノン」が、いつまでも聴こえている。

著者

たねってぃ

1970年生まれ 千葉県在住

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です