ヴァンゲリスの♪テーマ曲が聴こえてくる。
 その瞬間、体の中で何かが弾け、熱い感情がこみ上げてくる。

 この作品におけるヴァンゲリスの音楽の素晴らしさは、言うまでもない。
 ♪テーマ曲だけではない。どのスコアも、心が打ち震えるほど素晴らしい。

 監督ヒュー・ハドソンの思慮深い、慎ましい演出もまた、
作品のテーマと相成って、荘厳な静謐さを生んでいる。
 デヴィッド・ワトキンの撮影が、見事にそれを捉えている。

 作品を形づくっている、その静かなトーンが、
心の奥から、深い感動をいつまでも呼び起こしている。

 初めて観たのは、中学生の時。
 私が住んでいた街には映画館がなかったが、
ある日、市の文化ホールで、この映画が一夜限りで上映された。

 ユダヤ人についても、スコットランドについても、ましてや神や信仰についても、
中学生だった私は、何ひとつ知らない(笑)。
 おそらく、ただ♪音楽に耳を澄ませ、漫然と観ていたのだろう。

HYMNE

 描かれていたのは、まさにイギリス。
 ケンブリッジに代表される、階級社会。
 第一次大戦後の1920年代。当時を再現したファッション、美術が素晴らしい。

 その頃、日本は… 大正時代!
 う~ん。日本との違い? 
 クリケットと野球の違いかな?(笑)。それも、草野球。

 20代のある日、BSでこの映画が放送された。
 夕食時。私は晩メシを食いながら、何気に観ていた。
 そんな時、あるシーンで、箸が止まった。
 瞬間、涙がとめどもなく溢れ出てきた。

 エリックが、地元スコットランドの村で走るシーン。
 私は口の中に飯を頬張ったまま、泣いた。

 なぜかメシを食っている時に、私は涙腺が緩くなる(笑)。
 弱っていたのか? いや、それが原因ではない。
 このシーンで流れる、♪音楽だ。

 サントラに、この曲は収録されていない。
 私はヴァンゲリスのCDを買い集め、そして、見つけた。
 ♪「HYMNE」 讃歌、だ。

 こんな音、こんな曲を作るなんて…。
 ヴァンゲリス。まさしく、天才だ。
 それこそ、神が宿っている。

 ハロルドがオーブリーに語る。
 「ユダヤ人であることは 痛みと絶望と怒りを持つことだ 屈辱を感じることだ」

 「僕は偏見に挑戦する 偏見を持つすべての人々 そして ひざまずかせてやる」

 エリックは父親からこう言われる。
 「お前は幸運だ 神から多くの才能を授かった
 それを生かすのが お前の使命だ」

 エリックに完敗し、悔しさで呆然自失するハロルド。
 「僕は終わりだ」
 「いいかげんになさい 子供みたいよ」
 恋人のシビルが、母親のようにハロルドを窘める(笑)。

 ハロルドは一見、悔しさを隠し、強がるタイプに見える。
 だが違う。思いっきり落ち込んだ様子を、外に出す。
 そんな正直なところが、女性の母性本能をくすぐるのだろう(笑)。

 プロのコーチであるムサビーニが、ハロルドに助けの手を差し出す。
 演じているのは、イアン・ホルム。
 あの「エイリアン」のロボットの乗組員、アッシュだ!(笑)

 「敗因を知ってるか? ストライドだ 歩幅が5センチ広すぎる」

 スポーツ映画だが、練習のシーンに汗臭さや根性は、皆無だ。
 ジャージなど着ない。クリケット・セーターだ(笑)。

 アンディの練習風景が、圧巻だ。
 シャンパンを並々と注いだグラスを、ハードルの上に置く。
 ハードルに脚が当たると、グラスは揺れ、シャンパンがこぼれる。
 なんてシャレた練習方法なんだ!(笑)。

 その練習している場所がさー。あれ、自宅、っていうのかな?
 東京ドーム何個分、とか、そういうレベル。
 さすが貴族。リンゼイ「卿」、だ(笑)。

 アンディ役のナイジェル・ヘイヴァースが、良かったなー。
 レース前の、喜びに満ちたこの表情!

 「卿」でありながら、気さくで、自由。いつも煙草をプカプカ(笑)。
 他人の痛みが分かり、仲間を優しく思いやる。
 さすが、育ちがいい(笑)。余裕の為せる業だ。

 100mの予選は日曜日。安息日であることから、エリックは棄権を決める。
 ここで助け舟を出したのが、アンディだ!
 自分はメダルを取ったからと、400mの出場資格をエリックに譲ったのだ!
 くぅ~~~。アンディ。その男気。惚れるぜ(笑)。

 ハロルドは、200mでアメリカ勢に完敗。100mの準決勝でも敗北。
 また落ち込む(笑)。

 「主を待ち望む者には 新しく力を得 鷲のように翼を駆って上がることができる
 走っても たわまず 歩いても 疲れない」
 安息日。エリックの説教の中、競技の模様が描かれる。
 ♪音楽も重なり、このシーンも素晴らしく感動的だ。

Abraham’s Theme

 100m決勝。
 レース前、マッサージを受けながら、ハロルドはオーブリーに心境を吐露する。
 「足るを知ること 僕は24まで知らなかった
 常に何かを求め 何を求めてるか わからない
 今 たまらなく怖い」

 控室。言い知れぬ緊張感に囚われた、選手たちの表情がいい。
 ハロルドは、トランクの中にあったムサビーニの手紙を読む。
 「忘れるな 最初の1歩であごを引け」
 そして、ムサビーニの父親の形見であるお守りを、身に付ける。

 レース前からレース後まで、この一連のシークエンスは完璧だ。
 編集が、本当に素晴らしい。

 静かに、ただ静かに。
 時にスローで、選手たちの躍動する姿を映し出す。

 スタートを告げる音も、静かだ。
 遠くから、選手たちが走ってくる。
 観客席のエリックが、ハロルドの走りに歓声を上げる。

 「スタートラインに立ち 10秒の間に自分の存在を確認するんだ 
 でも確認できるかな
 負ける怖さは知ってた だが今は勝つのが怖い」

 ハロルドは走った。
 もはや、ユダヤ人への偏見に対する私怨など、消えていたのではないか。

 望遠で捉えたハロルドの走るカットが、あまりにも素晴らしい。
 そして、♪「Abraham’s Theme」もまた。

 ♪God Save the Queenが、静かに聴こえてくる。
 競技場のセンターポールに掲揚されたのは、イギリス国旗だった。
 ムサビーニはホテルの窓から、ハロルドの勝利を知る。
 このシーン。何度観ても、号泣だよ。

 ムサビーニは放心し、よろよろと歩いてベッドに腰かけた。
 喜びのあまり、帽子を殴って打ち抜いた。
 そして、つぶやくように言った。
 「My son」

 仲間たちは、控室で祝杯をあげていた。
 だがハロルドは身支度を済ますと、一人、黙って控室を出て行った。

 夜。ハロルドは街の酒場で、ムサビーニと二人だけで祝杯をあげた。
 笑顔はない。まるで敗者のような、暗い表情だった。

Eric’s Theme

 400m決勝。
 エリックはスタート直前、アメリカのパドリックから紙を渡される。
 紙にはこう書かれていた。
 「主は言われた
 わたしをたたえる者を わたしもたたえよう」

 スタートの音が鳴った。
 紙を握りしめたまま、エリックは走った。

 「現実の前では 私は無力な存在です
 私にできることは 道を示すことだけです
 勝利への方程式などありません
 各自がおのおのの方法で走るしかありません
 ゴールに向かう力は あなた方の中からわき出ます」

 「主は言われた
 “誠にわたしを求めるなら 必ず見いだすだろう”と
 主の愛に わが身をゆだねること
 これが ゴールへの最短距離です」

 「中国での仕事は 神のご計画だ
 だが速い足も授かった 走る時 神の喜びを感じる」

 ♪「Eric’s Theme」 歓喜溢れる、エリックに相応しい曲だ。

 エリックの走る姿は、無上の喜びに満ちている。
 観ている方にも、その喜びが伝わる。

 エリックを見る、観客席のハロルドの表情(笑)。
 でもこのカット。たまらなく好きだなー。

 ハロルドとエリック。
 2人の姿は、陰と陽とでもいうべき、対照的に描かれている。
 2人のテーマ曲にも、それが顕著に表れている。

 ハロルドの方に、感情移入しちゃうなー、どうしても。
 性に合う、何かね。
 ♪Abraham’s Themeが、たまらなくしっくりくる。
 根が、暗いんだな、俺(笑)。

Jerusalem

 選手団が帰国した。駅前は出迎える人々で大にぎわいだ。
 選手たちは、群衆の大歓声に手を振って応え、車に乗りパレードに出発した。
 だがその中に、ハロルドの姿はなかった。

 群衆は消えた。
 駅には、ハロルドを待つシビルの姿があった。
 静寂が戻った時、ハロルドは一人、汽車から降り立った。

 このハロルドの心情。すげー、分かる(笑)。

 ハロルドはシビルと抱き合い、帰路に着いた。

 1978年。礼拝で♪「Jerusalem」が合唱される中、
 年老いたリンゼイとオーブリーが、ハロルドを振り返る。
 「彼は勝った」

 波の音が聞こえる。波を踏む音が聞こえる。
 ♪「Title」が、聴こえてくる。
 砂浜を、ランナーたちが走ってくる。

 「目を閉じれば 希望を胸に 天駆けるごとく 走った若者たちの姿を思い出す」

Chariots of Fire

 う~~~ん。
 やっぱり、生きるって、素晴らしいなあ(笑)。
 この映画を観ると、本当、そう思うよ。

 生きる歓び。
 その瞬間を、この映画は伝えている。
 この映画の静謐さが、生きている実感を、新たに感じさせてくれるのだ。

 神?
 この映画の中に、この音楽の中に、それを感じるよ。

 世間の賑やかさ、喧騒などから離れて、
 独り、静かに汽車を降りる。
 そして、静かに、慎ましく、生きていく。
 ハロルドのように。